◆ 学び合う仲間たちのシェアメール

2018219日のシェアメール(まりちゃん)≫

最近のレッスン、こんなに懇切丁寧に、細やかに毎日のレッスンがつながっていることを、初めて感じています。毎日毎日、色んな言い方で、ホーリースピリットがそばにいることに気付くように、そっちを見るようにと、レッスンを通じて愛のメッセージを送られているように思えます。

ホーリースピリットは対等の関係だから、誰かが死のうと崖から飛び降りようとしても止めたりしない、という話を思い出したのですが、今まで自分が、それがどういう事か勘違いしていたことに気付きました。

 

 ホーリースピリットは死のうとする行動も止めない、という事に、私は、愛ではなく厳しさというか、自分が選んだ責任を、ホーリースピリットは突きつける存在だと感じていた事に気付きました。「死ぬならどうぞ、私は止めませんよ。あなたが選ぶんだからどうぞ」みたいな、突き放すような厳しい怖い存在と見ていた気がします。

 

事実は、死のうとする行動を止めないのは、それも幻想で、どんなに死のうとしても、そこに死はないし、愛しかないから。突き放しているのではなく、ゆるぎのない、みじんの疑いもない、神への信頼を、ホーリースピリットはそうやって見せてくれているんじゃないかな。。と、思えました。果てしないスケールの愛と強さがそこにあることを示してくれているのだと感じて、心の中にあった硬いものが緩んでいる感じがしました。

最近、テキストの精読も、染み入ってくる感じがして、嬉しさと感謝が広がります。

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◇『ホーリースピリット』は、私たちに与えられている自由を、それも究極の自由を尊重してくれているんですね。決して、「そこは、危ないじゃないか、こっちへおいで」とも、「そんなことして、ダメじゃない!」とも言いません。ホーリースピリットは決して、おせっかいはしません。ホーリースピリットが差し出す『完璧な信頼』です。ホーリースピリットが示す愛は、スケールが違うということを、改めて受け取らせてもらいました。感謝。

まりちゃん、ありがとう♡(しばちゃん)


 ≪2018年217日のシェアメール(ゆっこちゃん)≫

 昨日のレッスンも有り難く、出勤途中にアイデアを口にすると、ホーリースピリットと繋がった感覚があり、嬉しい気持ちになりました。

神の愛にいつも守られているんだという感覚でした。
最近は、朝一番にしっかりとゆるしをして、一日のスタートを切る習慣がついてきています。そんな中、早速朝からギフトが来ました。

社員用の駐車場はどこにでも止めていいことになってはいるのですが、みんながそれぞれに暗黙の了解の中、それぞれの定位置があるのです。

ところが、昨日は朝から雨が降っているということもあり、みんなが止めている場所がいつもとは違ったのです。私はただ、空いている場所に止めようとしたのですが、そこはどうもKさんが止める場所だったらしく、Kさんの怒りの表情と共に不服の言葉が聞こえてきました。一瞬、自分が文句を言われている(攻撃されている)と思い、心がザワザワし、反論(防御)したい気持ちが出そうになりました。「えっ私?私が悪いの?」という思いをストップさせ、私の中にある正しさ、あるいは、私は悪くないという恐れ(エゴ)のかけらをスルーしないで、受け止め、手放すというゆるしができました。

Kさんは、ただ、そのことを私に思い出させてくれた兄弟スピリットだったのです。Kさん、気付かせてくれてありがとう! と心から感謝の思いが湧いてきました。「神こそが愛であり、神の愛の中で、Kさん私はあなたをゆるします。」そして、「神こそが愛であり、神の愛の中で、私は私をゆるします。」と、その日のレッスンを実践させてもらいました。

すると、自分の心も穏やかになっていることに気がつき、そのあとKさんともスムーズにコミュニケーションができました。ホーリースピリット、ありがとう!

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◇レッスン46・6の≪私は神の子なので、私に罪があるわけがない。私はすでにゆるされている。神に愛されている心の中に恐れなどあり得ない。愛は私をゆるしているのだから、もはや私は攻撃する必要などない。≫

最後に. 神こそが愛であり、神の愛の中で、私はゆるします≫を繰り返して終えます・・・という箇所の確認をさせてもらいました。

コースを生きていると、本当に、その日のレッスンに適したギフトが来ますね。ゆっこちゃん、愛のシェアをありがとう!(しばちゃん)  

 

 ≪2018年28日のシェアメール(えりこさん)≫

私は、今、滑舌がスムーズにいかず話すことが苦になっています。でもコースを学び初めて、少しずつ以前とは違う思考で物事を見るということはできています。今回のこの状況もホーリースピリットに委ねて待つだけなんだ、と思っていますが、仕事柄、話さないわけにはいかないので落ち込む事もたびたびです。

 

「私はまだこんなにも怖がっています。」、「この恐れを手放したい。」、「この身体の状況をすべて差し出します。この先にある光を見せて下さい!」とホーリースピリットに何度もゆるしをしました。

すると、先日のシェア会でスムーズに話せている自分に気付き、驚きました。ホーリースピリットと皆さんの愛に包まれて、きっと、私は安心して普通に話せたのでしょう。でも、そのあと行った職場では、途端にまた、話しづらくなったのです。その夜、しばちゃんから、「ホーリースピリットへの祈りが、もしかしたら、無意識に神頼みかマントラになっていないか、自分の心の中を注意深く見てみようね」と言われ、自分の心を丁寧に観察してみました。ハタッと、ゆるしの目的がすっこ抜けていたようです。ゴールと軸が不明瞭になっていることにも気づかされました。

コースの学びを継続してきて、目の前に見ているものは何であれ、その原因は自分の心なのだ、ということは頭では理解していたつもりでした。そうなんです。私は解ったつもりでいました。もう一度、「わたしは何も知らない」を、心に言い聞かせました。すると、「あなたは電話をかけている意味が分かっていますか?」レッスン25のコメントを思い出しました。

 

「仕事を通して、私は、会社の人であれ、お客さまであれ、愛を分かち合いたい」、「芝居をしているのは、お芝居を観に来てくださったお客様や仲間たちと愛を分かち合うためだ」ということを忘れていたようです。

私は、まるでお題目を唱えるように、必死でゆるしをやっていたのです。ホーリースピリットのビジョンを見たい思いが抜けていたことに気付かされました。目の前の人と愛を分かち合うために、すべてはあるのでした。

また少し前へ進めたようで、嬉しいです。

 

シェア会は参加している人たちが、ゆるしをする事によって周りの人たち達と愛を分かち合う事ができた奇跡体験を分かち合う場所です。先日シェア会での経験は、私はみなさんやホーリースピリットの愛に包まれ、心地よくスムーズに話すことができたのだと思います。皆さん、本当にありがとうございます。

今、私は、前よりさらに注意深く自分の心を見るようになりました。お客様と話す時も、「愛を分かち合いましょうね」と心で語りかけています。おかげで優しいお客様ばかりで驚いています。しばちゃん気付かせてくれてありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

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※コースの学びは繰り返しの学びだと言えます。丁寧に、何度でもコツコツとゆるしましょう。目的に向かっていくための『ゴールと軸』があっているかどうかは中々一人では気付けないものです。その気付き合える仲間の存在や分かち合う場所があるということが、私も有難いし感謝です。(しばちゃん)

 

 ≪2018年117日のシェアメール(きぬちゃん)≫

 16日の柴田さんのシェアメールにある、困難依存症、救急箱の引き出し・・・確か、香咲セミナーで耳にしました。本当にそうだなと思いました。そんな中、ギフトがきました。

 

里の母が転倒し救急車で病院に運ばれ入院しました。兄からその連絡を受け、私の中のエゴの妄想がどんどん膨らみ始めました。「もしかして、このままずうっと入院になるのでは?」、「もう年(97歳)だけど退院できるかしら?」、「私の生活スタイルも変えないといけないよね。」、「来週は夫との船旅に行くのに・・・」、「シェア会や、学習会も今までのようにはいけなくなるんじゃないかしら?」、エゴは次から次に私の心を揺さぶります。
「ホーリースピリット、ヘルプミーです。私は母のことで沢山のドラマをでっちあげています。私の心は今、愛にいません。私は愛に戻りたいです。私を愛に戻して下さい。この心のザワザワをホーリースピリットに差し出します。これを使って、私にキリストのビジョンを見せてください」と、心から祈りました。
 

担当の先生の説明を聞いていると、最初、最悪の話をされるので、「何?この先生!」と思いましたが、そんな心を止め、先生のスピリットさんにハローを送り続けているうちに、先生の顔が少しずつ穏やかになっていくように感じられ先生の説明にも納得し、あとのことはお任せし帰宅しました。

夕方、兄から「病院から電話があり、お母さんが、高熱が出ているらしいので今から行ってくる」と連絡をもらい、一瞬、不安がよぎりましたが、そんな心をストップさせ、以前、柴田さんから送ってもらった、祈りの言葉を、心を込めて祈りました。昨年6月2日に配信されたシェアメールにあった祈りの言葉です。
夜、兄から電話があり熱は下がったとのことでした。母のスピリットさん、病院の先生をはじめ、スタッフの方々のスピリットさんにハローを送ると同時に、ホーリースピリットに感謝の思いを伝えました。

私のスピリットの愛の経験のために、見せてくれている母の愛に応えたいと思います。母にも感謝です。

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 ※お母さんが差し出してくださる愛を、受け取れる自分でありましょう。

 行動を起こし、奇跡の経験し、それを分かち合いましょう。(しばちゃん)

 

≪きぬちゃんのシェアメールにある「祈りの言葉」です。≫

◆自分がエゴ(悲しみ・喪失感・嘆き・孤独・後悔・痛み)にあるとき、立ち止まり祈りましょう。

まず、『ホーリースピリット』に「help me !」します。(そばに来ていただきましょう)

≪私は今、恐れ(自分の感情を伝えます)の中にいます。私が愛に戻れるように助けてください。そして、自分の中の揺るぎのない信頼と安心・完璧で覆されることのない平和と強さ・限りない自由と喜び・完璧な調和と美しさを取り戻せるように(思い出せるように・見ることができるように)助けてください。 ≫

そのように祈りましょう。そして“期待はせず”に『信頼の心』で答えを受け取れるのを待ちましょう。

◆目の前の人に〔怒り・心配・イライラ・恨み・妬み・批判〕を見たとき、立ち止まり、祈りましょう。

目の前の人のスピリットさんに「ハロ~」を送ります。相手の心の中にズカズカ入って行くのではなく、ドアをノックするような気持ちで。

そして、『ホーリースピリット』に「help me !」します。(そばに来ていただきましょう)

≪○○さんの中の、揺るぎのない信頼と安心・完璧で覆されることのない平和と強さ・限りない自由と喜び・完璧な調和と美しさを、私が目撃できるように助けてください。見ることができる私に戻してください。≫

そのように祈りましょう。そして“期待はせず”に『信頼の心』で答えを受け取れるのを待ちましょう。

  

2018115日のシェアメール(トミー)≫

 先週末、夫と車で長崎に向かう時のことです。

寒波で雪模様の中、佐賀を出ました。フロントガラスは凍ってしまいカチカチでした。もちろん車を始動するときにフロントガラスのくもりを消すスイッチを入れたものの、すぐに雲って見えづらくなるので助手席の私もタオルでガラスを拭いたりしながらのドライブでした。

その日の車は、夫の車ではなく、義父のおさがりで私が使っている車ということもあり、夫もその車の機能はそんなに把握はしていないこともあって、フロントガラスのくもり具合はクリアになるどころかひどくなる一方です。危ないということで、一旦サービスエリアで車を止め、夫と二人でフロントガラスをせっせとふきながら、「困ったね」とか、「ホームセンターでくもり取りのスプレーを買っとかないかんよね」とか、あれこれ話しながら、正直、私の心の中には不安がありました。「こんなに状態で走ったら危ないな、大丈夫だろうか?」、「でも、夫が何とかしてくれるさ」、「これ以上天気が悪くなったら、やばいじゃん」、「この車、くもりを消す機能ってついとらんと?」不安はどんどん増してきます。

「あっ、なんか違う!ホーリースピリット、この景色、私のでっち上げですか?」と問いかけながら、私は自分がエゴのドラマにどっぷりはまっていることに気付きました。「このドラマから出たいです。自分の中の弱さ、不安、恐れを見ています。助けてください。どうぞ、私をもとに、愛に戻してください」と、ゆるしをしつつ、ホーリースピリットに委ね、心から祈りました。

車内に戻り、何気に、前方のエア切り替えスイッチに目が行きました。同時に手が動いて、あっという間にフロントガラスのくもりは一瞬に消えたのです。夫と共に一緒に「よかったね」、「よかったよ」と、言いながら、安心、穏やかな心で実家に到着しました。 

 

車に詳しい人から見たら、「そんなこと知ってる、わかっている」、「当たり前じゃん」と思われるかもしれませんが、車に詳しくない私にとっては、それは問題だったし、困っていたのは事実です。

そして、私は、困っている心をストップし、ホーリースピリットを思い出し、ゆるしをしたとたん、ホーリースピリットが私の目を使って「エア切り替えスイッチ」に気付かせてくれたのだとしか思えません。そして、私は使ったこともないスイッチを触れたのです。あっけなく、問題は消えました。

 

以前は、「なんで早く気付かなかったんやろう」とか、「私がたまたま気付いたからよかった」とか思ったでしょう。でも、今の私は違います。

「ホーリースピリット、あなたですね。ありがとう!」という感謝の思いしか湧いてきませんでした。
ホーリースピリットとの信頼関係が、また一つ積み上げられました♪学びの確信も深まりました。ありがとーホーリースピリット。(トミー)

  ***********************************※、やすこさんの11日、12日のシェアメールが延長(放射)していってますね^^(しばちゃん)                                                       

 

 ≪2018112日のシェアメール(やすこさん)≫

 昨日のシェアメールの続きです。
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昨日(9日)の福岡でのアドバンスクラスの帰りの新幹線の中のできごとです。
酔っ払いの人が途中から乗って来て通路を隔てた席に座りました。それも空席の目立つ車両で、わざわざ近くの席にです。「からまれたらどうしよう」と一瞬、エゴの池に落ちましたが、「私はスピリット何ものからも脅かされることはない。あの酔っぱらいさんも同じスピリット」と、その方のスピリットさんにハロ~を送り、目を閉じて私の心の中にある恐れをホーリースピリットに差し出しました。後は委ねるだけで何もしません。
するとその方が誰かに電話をかけている声が聞こえてきました。
「次は川内ってアナウンスがあったけど川内ってどこ?俺、鹿児島とか行ったことないから、わけわからんちゃね。でも、とにかくどんなに遅くなっても帰るから、荷物まとめとってよ。」と話して電話を切ったかと思いきや、再び電話で「俺、人間超えたっちゃね……。とにかくどんなに遅くなっても帰るから」と言っているのです。もちろん、電話の相手が誰で、どんな意図でかけているのか全くチンプンカンプンな内容でした。

 

その時、今日のアドバンスクラスで話題にあがった香咲さんの「8のつく日の メッセージ」の中の言葉が、ふっと頭をよぎりました。メッセージの中の、「自分は人間だいう前提を外したときに~」いう言葉がまだ、頭に残っていて、「えっ!人間を超えたって同じ意味じゃない?それに"どんなに遅くなっても帰るから"って、神の家へ帰るってこと?」という風に、ふっと思えたのです 。「もしかしたらコレってホーリースピリットからのメッセージですか?」と思うと同時に「いやいや、ただの 酔っ払いの戯言をそんな風に思うなんて 私はアキム教の信者みたいじゃん」という私の中に隠れているエゴの声がしました。
しかし、そのとき、昨日のシェアメールに書いた、柴田さんからの「それは、自分の捉え方次第です」というメールを思い出したのです。 「ただの偶然だ」と言われれば、それまでなのですが、私には、新幹線の中の出来事は、ホーリースピリットからのメッセージだと思え、瞬時に「信じる者は救われる」という言葉が浮かびました。心の中の霧が晴れるような経験でした。ありがとう、ホーリースピリット!私、受け取りました

その後、その方は川内で降りて行かれました。私は、その酔っぱらいさんが言った帰る場所は『神の家』に、人間を超えては『私は神の子(スピリット)に戻る』という意味にしか聞こえませんでした。
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アドバンスクラスでの『ワンネスのエネルギー』がそのまま、やすこさんからあふれ出し、私も愛/光を頂きました。ありがとう!
(しばちゃん)

 ≪2018111日のシェアメール(やすこさん)≫

 今日は、やすこさんからのシェアメールです。

実は、関連のある2つの出来事についてのシェアを頂いていたのですが、長いので2回に分けて配信しています。明日まで、やすこさんのシェアメールは続きますので楽しみになさっていてください。
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私は、今までホーリースピリットからのメッセージをはっきり聞いたことはありません。ところが、今年の初めに、『ホーリースピリットからの答えを受け取れるかは自分次第なんだ』と気づける出来事があったのでシェアします。
私は1月3日、家族で初詣に行った帰り、追突事故に合いました。運転していた夫や子ども達はどうもなかったのですが、助手席に乗っていた私は、少し首の付け根に違和感がありました。
え!むち打ち?新年早々初詣に行ったばかりなのになんで?等々、様々なエゴの金粉(注:金粉入りのお酒の中の金粉のこと)が舞い上がりました。今年は、「目の前の出来事は起きていない」ということを経験していく年にしたい、と初詣でお願いしてきたばかりなのに、事故だなんて実際、起きたとしか思えない出来事が目の前にやってきたのです。警察の方の事後処理が終わって帰る途中、主人が「明日、初出勤なのに、事故報告書の提出かぁ」とポツリと気が重そうに言うのを聞いて、私までもが、その重そうな夫の気持ちに乗っかってしまい、心がざわっとしました。

翌日、私は、整形外科の診察を待つ間、目を閉じて「あの事故が起きなかったなんてとても思えないし、私の心の中には恐れと不安があります。ホーリースピリット、私はこれらの思いを手放したいです。あの事故を使って問題は何も起きていない、ということを、私にわかるように教えてください」とお願いしました。診察の結果はたいしたことはないということで湿布が出され、念のため一週間後、再受診することになり、ほっとひと安心しました。その夜、職場から帰宅した主人が安心したように「こっちの過失は0だったから、報告書は出さなくて済んだよ」と言うのを聞きながら、私も安心すると同時に、「あれ?報告書を出さなくてよかったんだ。私も病院で何も問題はなかった。主人も私も安心しているコレって問題が消えてるってこと?」と思い、柴田さんに「これって、問題が消えたっていうことですか?」とメールしました

 

私は「そうよ、良かったね」という返事を期待していましたが、柴田さんからの返事には「それは自分の捉え方次第よ。そのとき自分の心が愛にあれば、ありがとうの感謝の思いしかないのではないかな」と書いてありました。この時、「そうか!すべては自分の心次第なんだ!」ということが腑に落ちました。
とはいえ、「過失が0なんだから、そもそも報告書を出す必要なんてないはずだ」とか、「そんなこと、当たり前だ」という言い方もあるでしょう。でも、大事なことは、他の人がどう思うかではなく、自分がどう思うかなんだと気づいたのです。 もちろん、報告書を出さずに済んだこともありがたかったのですが、何より嬉しかったのは、実際、問題のように見えていたことが消えた経験、そして、主人も私も安心の中にいるというワンネスの経験ができていることが嬉しかったです。

もし、メールの返事が「そうよ、良かったね」だったら、私はきっと、これからも何かある度に柴田さんに答えを求めて、ホーリースピリットと対話する機会を逃していたでしょう。だから、このメールの返事は、私にとって目からうろこでした。私の中に答えはあるということを、日常の出来事を使って、たくさん経験していきたいです。今、そのためにも、心の筋トレが必要だということですね。


 ≪201817日のシェアメール(トミー)≫

 今年のお正月は、リフォームした長崎の家で家族に囲まれ、私は晴れやかな気分でした。あまりの気分のよさもあってか、今年は社会人の息子らにも「はい、お年玉よ」と大盤振る舞いをしました。すると息子たちは「えっお母さんから初めてだ!」と言いながらも喜んでくれました。それで気分よく終わったはずなのですが、そのあとの次男の発した一言に「えっどういうこと?」と、一瞬私の心はざわつきました。「お母さんは、俺たちのお年玉、勝手に自分のことに使っただろう、」というではありませんか。決して次男は怒って言ったわけでもなく、私を責める気持ちで言ったわけではないのですが。
子育て真っ最中の頃の私は、子どもたちのお年玉の使い道にも干渉し、預かると言って取り上げていたことを思い出しました。子どもたちのお年玉を取り上げた、という罪悪感なのか、それとも過去の自分を子どもたちに批判された、という親としてのプライドからなのか、心に動揺が走りました。そして、一瞬、心が反撃しそうになりました。(ほんとに、防御と攻撃は同時に起こるのですね。)

 

「イヤイヤ、私は今反応している・・・」と、エゴの感情に押し流されないように踏みとどまりました。そして、ホーリースピリットを思い出し、「ヘルプミー!」しました。「今、私は心穏やかではないです。気分がよくないです。この状況を手放したいです。そして、キリストのビジョンを見たいです。見せてください」と祈りました。

でも、そのあと家事をしながら、気がつくとさっきのザワザワはもう消え、心に穏やかさが戻っていました。コースを学んできて、嬉しいのは、いつまでも心地よくない感情を、引きずらなくて済むようになったこと。

ホーリースピリットに感謝です。今年はもっと、ホーリースピリットの声を聴ける私でありたいと思います。

 

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 ※心の動揺は、大きい、小さい関係なく、なんであれ、心がざわついているときは、「意識のあり処が間違っているからもとに戻しなさい」という『ホーリースピリットからの優しい合図』です。『その合図』を受け取って初めて『ゆるし』に向かうことができます。自分の心が間違った方を向いていたことを素直に認め、『ホーリースピリット』に『正気の心』に戻してもらえるようお願いすること。『正気の心』に戻ったとき、“葛藤・問題”が消えていることを、「私は何が何でも見たい」と願うこと、それも強く願うこと。そのことが一番重要なのです(しばちゃん)

 

 ≪201813日のシェアメール(きぬちゃん)≫

年末のシェアメールを書いたときまでは、家族が心一つになって大掃除を心地よく終了することができたのです。ところが、その後から年明けの1日にかけて、私はどんよりした雲の中にいました。
暮れは主婦にとって、やることてんこ盛りです。そんな中、夫は仕事になり、その後友人と飲み会、そして、次の日は毎年恒例の忘年会・・・いそいそと出かけていく夫を見送りました。口には出さないまでも心の中は不満タラタラでした。案の定、翌日夫は二日酔い。この暮れの忙しいときに朝からずっとこたつに寝そべりテレビを見たり、グーグー寝込んでいます。夫のこの姿には、さすがの私もイライラしてきました。「包丁も研いでくれてないじゃない!、洗面台の電気だって切れたまま!お正月が来るのよ!」自分ではゆるしはしているつもりだけど、イライラはつのるばかりです。

「夫が私の思うように動かない事に対して私はイライラしています。私の思うようになって欲しいと願っている私がいます。私が愛にいないことはわかります。愛に戻りたいです。この状況をHSと共に見たら、どのような景色を見せてくれますか?」と、心で一心にゆるしをやってはいるのですが・・・
ゆるしも呪文みたいにかたちだけで唱えていることもうすうすは気付いてはいたように思います。なぜなら、心の中は夫と戦闘モードでしたから。そりゃ~エゴの雲は増すばかりです。
しばらくすると、帰省している息子にも、私のエゴは飛びつきました。部屋にいる息子に食事コールをしても、うんともすんとも返事がないので寝てるのかな?と思い、部屋を覗くとゲームをしています。もう、私のエゴは大炎上です。もうその頃には、ACIMもゆるしも頭からすっ飛んでいました。

 

心にもやもやを抱えたまま、夕食の片付けも終わり、21時からの電話セッション(20日間レッスン)の為に2階にあがりました。その日は、レッスン11でした。「その後、いかがでしたか?」と、しばたさんに聞かれ「実は、この年末年始は・・・」と伝えました。
柴田さんは、「そう、そうだったの」と聞きながら、「学びの波は次々に来るものね~。創造の海に船をこぎ出した私たちスピリットは、まぁ、鍛えられるよね~。だって、船長さんが目的を見失ったら、船は方向を見失うし、真っ黒な雲はまるで嵐を運んでくるように思えるものね。そして、そんな心にはリアルに嵐が見えてしまうものね。さて、今日はレッスン11だよね。」

 

何とレッスン11のアイデアは≪私の意味のない思いが、私に意味のない世界を見せています。≫です。目に飛び込んできたアイデアに、「この私の~って私のこと!?やだあ~」思わず吹きだしてしまいました。

毎朝の祈りのときに、「夫、息子、娘のスピリットと繋がりたいです。私を愛に戻してください。そして、彼らが私に伝えようとしていることを私にわかるように教えてください。」とお願いしています。私は、愛にいない事を思い出すことなく、自分の思うようにならない目の前の相手にかっとなり苛立ち、攻撃している自分を認めます、そして、その思いをHSに差出し取り消してもらうこと、それ(ゆるし)が私のこの世界での役割、目的でした。たった今、そのことに気付けました。セッションが終わったころには心は穏やかでした。私のために嫌な役割を担ってくれた夫、息子にありがとう!そして、HSに感謝です。

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※創造の海は自分の心次第で、凪にも、シケにもなるのですね。(しばちゃん)

 

◆2017年を振り返って・・・

『奇跡のコース』を学び合う仲間たちの声をお届けします。

 

≪1年を振り返って思うこと≫ゆっこちゃん

今年もあと少しで終わろうとしていますが、コースの学びは、本当に少しずつ少しずつ深く入っていくものなのだなぁ~って思います。日々のレッスンも、最初はやったりやらなかったり、また、字ずらを見るだけの時もありました。

気がつけば、今は習慣になりレッスンをしないと一日のスタートが切れないようになってきました。とは言うもの、まだまだエゴに心をスーっと持っていかれ、自分が誰なのかを忘れてしまいます。
コースを学び続けゴールを決め、日々の出来事を通してゆるしをし、自分の奇跡体験を皆さんにシェアする事で、引き揚げられている実感があります。心が静かになってきています。ゆるしの日々ですが、目の前の知覚する全てが自分の心の投影である事が、頭ではなく経験と共に、「本当にそうなんだ」って感覚で受けとれてきているように感じます。
コースは一人では出来ないし、ここまで続けて来られたのは兄弟スピリットさん(以前はコース学習者のことだと思っていました)達のおかげです。私の目の前に現れてくれる全ての人に感謝します。
今は、自分の心を丁寧に観察し、ゆるす!ゆるす!ゆるす!手放す!手放す!手放す!という事を、訓練していますが、私の心の奥深くに入り込んだ手強いエゴを認め、受け入れ、ホーリ-スピリットに差し出しています。

以前は、そこにまたまた自分の足りなさや罪悪感を、感じていましたが、それも少しずつ薄らいできているようです。繰り返し、何度でもゆるしをやるだけなんだ!とシンプルに思えます。そうすることで本当に問題は消えるんですね。奇跡とは、何も無かったという事を経験することなんですね。
この時間軸の中では、大晦日がありお正月があり、そして、気忙しく過ぎ去るものと思いこんでいた私ですが、ホーリースピリットと共に見れば、時間も無く、ゆく年くる年もないんだな~って思えます。
心の中には暖かさと穏やかさだけ!!私はこれこそをずっと求めていたんだと、今、そう思えます。これからも仲間のみなさんと一緒にゴールを見失うことなく、スピリットである自分の役割、ゆるしを全うして生きる事をコミットします。こうして、2017年を振りかえる機会を与えてくれた柴ちゃんに感謝します。また2018年の365日のレッスンが楽しみです!ありがとうございます。(ゆっこちゃん)

 

≪コースを学んで思うこと≫ちえちゃん(ゆっこちゃんの娘さん)

私はコースを学んで約2ヶ月になります。

コースを学び始めたきっかけは母が先に学んでいたということもありますが、この二元性の世界での心の浮き沈み、不安な未来、頑張っても解決しない問題が、もし、この奇跡のコースを学ぶことで変えられるのだったらどんなにいいかと思い、また、それが真実だったら、というところに興味をもち、学びをスタートしました。

コースを学び、奇跡って、ハトが帽子から飛び出すことではないんだな、と頭ではわかったつもりでも、まだどこかに奇跡にすごいことを期待している自分がいるのも事実です(笑)2か月間学んできて思うことは、まだまだ手放せないものや、ゆるせていない思いもありますが、それでも、自分をゆるし、結果、目の前の人を心からゆるせた時に心に拡がる穏やかで平和な喜び、これが奇跡なのか、という感覚も少しずつですが、経験できてきています。今はそんな自分の心の変化を素直に喜びたいと思います。

執着心や不安の心や、目の前の人に対して持っていた攻撃心など、自分の心をきちんと観察できるように、そして、怖がらずに自分の心を直視し、それを認め、受け入れ、手放す練習をこれからもしていきます。

コースは、まだまだわからない事だらけですが、先輩スピリットさん達と一緒に本当に光を見たいと思っています。そして、私の目の前に現れてくれた人たちに光を放射できる私でありたいと思っています。(ちえちゃん)
 

≪この1年を振り返って≫きぬちゃん

・〈春〉・毎日レッスンは、やってはいるけれど中々心がついていかない、というモヤ~とした思いがありました。

でも、以前より心も随分穏やかになってきているし、家の中の空気も随分良くなってきているし、もうあまり無理はせんでも、この辺でいいかな~というエゴの声が大きく聞こえていました。

しかし、そんな思いと一緒に「もし、今コースをやめたらどうなるのかな?」と      いう不安もありました。

・〈夏〉・そんな葛藤を抱えながらも、なんとなく、ガイドブックを開きレッスンをし、テキストの精読を読み、シェア会にも参加していました。そして5月から柴田さんに寄り添ってもらい、「10日間集中セッション」を受け始めました。

・〈秋〉・ホーリースピリットの存在に半信半疑だった私は、そんな不信の心からは何も聞けるはずはないと思い、心からホーリースピリットに「ホーリースピリットの声が聴きたいです。」と祈りました。

シェア会でも、みなさんにシェアさせてもらいましたが、私は確かにホーリースピリットのメッセージを聞くことができたのです。ホーリースピリットは、ちゃんと願いを聞き届けてくれるのだ、という確信が持てたし、コースを学ぶ意欲も増したように思います。

・〈冬〉・そして、さらに、自分の心を観察し、エゴを受け入れ、手放すというゆるしの実践をしてきました。この世界で、私が困らないように運ばれていくその完璧なホーリースピリットの采配を実感できていることが、心から嬉しいです。12月も残りわずかとなり、家の大掃除の風景が変わりました。

そこには昨年まで感じることのなかった穏やかな空気を感じます。

みんなバラバラだとしか思えなかった私の心のエゴは消えたようです。

◎〈今〉・最終レッスンの≪ホーリースピリット、この聖なる一瞬をあなたに捧げます。あなたに、お任せします。わたしは、あなたの指示がわたしに平和をもたらすと確信して、あなたについていきます。≫

この祈りの言葉を心から嬉しく思える自分を、素直に喜びたいです。
毎日のレッスン、そして朝の祈り、コースの実践、兄弟スピリットさんとの分かち合い、当たり前のことですが、もちろん、これからも継続していきます。そして、もっともっとホーリースピリットを感じられる私になりたいです。そして、光を周りに放射できる私になりたいです。

一年間、どんな時も、いつも一緒に学んでくれた「福岡ACIMの会」の仲間たちに、心からに感謝です。(きぬちゃん)

 

《一年を振り返って》トミー
気がつけば、毎日のレッスンは日課になってきています。ガイドブックを開く習慣ができています。また、「ACIMシェア会」、「ACIM学習会(アドバンスクラス)」、「テキスト学習会」への参加も欠かせなくなっています。もう優先順位がぶれることがありません。「もっともっとホーリースピリットに繋がりたい」、「本当のことを知りたい、見たい」と強く願うほど、神の贈り物はやってきます。その贈り物は私に何度も心のトレーニングの機会と、そのあとに残る爽快感をみせてくれました。
私は毎週末、佐賀から義父が一人暮らす長崎に帰ります。

義父が一人で暮らすその家は、年老いた義父に取ってはかなり不便な環境で、私は常々、リフォームできたらいいなという思いがありました。というより、実はそれは私の心を悩ます問題でもあったのです。でも、私はそれを口にすることはありませんでした。なぜなら、過去のリフォームのときの苦い思いがあったからです。そんな過去から来る不平不満は、毎週末長崎に帰る度に義父に投影され、それを見てエゴまみれになっている私がいました。

そういうわけで、週末は、まさに私のゆるしのためにあったのだということです。レッスンをし、ゆるしを繰り返しているうちに、気がつけば、目の前の問題が少しずつ薄らいてきています。

そして、今年になって大きな贈り物がリフォームという形で差し出されました。

ついに、父からリフォームの提案がされたのです。それからが、新たな心のトレーニングの始まりでした。

バラバラの地にいる息子たちの協力で処分する粗大ごみを片づけながら、私はみんなで心ひとつになっている心地よさを感じ「あぁ、私はこれ(平和な心)が欲しかったのだ」と思いました。でも、そんな心地よさを感じると同時に、起ったのは、私の内装へのこだわりと、義父のそんなことにこだわらない思いのぶつかり合いでした。

そんなときは心をストップさせ立ち止まり、そんなこだわりをホーリースピリットに差し出し、私の心の修正をしました。すると、潮が引くように、自分の感情が鎮まり嘘のように「あぁ、何事もなかったのだ」という経験もしました。

リフォームが始まって間もない頃は、義父にたくさんのエゴを見る度に、頭では「ゆるし!」ということは解っているつもり、やっているつもりだったのですが、中々、エゴの渦中にいると、中々、自分では、ゆるす!手放す!ができないのです。その気付きは大きかったと思います。

心のどこかでこれくらいは、なんとかなる、と折り合いをつけたり、自分でやってしまうということもしばしばでした。

だから、何回も何回も「ホーリースピリット!help me!」を繰り返しました。

たくさんの葛藤、ゆるしを経験させてもらい、あっという間にリフォームは、私の想像を超えた完璧さで完成しました。

このお正月は、使いやすくなった家に夫の兄弟家族が集います。父の喜ぶ姿を見て幸せを感じている自分が想像できます。今回のリフォームは、家を住みやすくするためというよりも、本当は、私にたくさんの愛を経験するための神の贈り物だったことに、リフォームが終わって気付くことができました。感謝です。

振り返れば、心が折れそうなとき、ゆるしのステップを思い出したり、電話セッションで気付かされたりしながら、いつもそばにホーリースピリットがいてくれたのだと思います。

「私が本当に欲しいものは何なのか?」、「私は誰なのか?」自問した時に、「私はただ平和がほしいです」「私は目覚めたいです」といつも答えられる私でいたいと思います。そして、いつも、ホーリースピリットをそばに感じていたいです。また、一緒に学び合う仲間に心からありがとうと言いたいです。(トミー)

 

2017年を振り返って》えりこさん

今年は沢山、身体をゆるしの道具に使わせて貰いました。

何年前からか骨盤に痛みを感じ、私はホーリースピリットに「私は身体ではありません。この痛みの先に何があるか、私にはわかりません。助けて下さい。」とお願いしました。それでも、痛みは酷くなるし心が折れそうになった時、毎日のレッスンやシェアメールそしてシェア会に参加する事で力を頂きました。痛みも徐々に緩やかになってほっとする間もなく、今度は舌が動きづらくなり言葉が思うように出なくなりました。

仕事柄、話さないわけにはいかず無理に話すと舌を噛んでしまいます。

話す言葉は分かっていても声に出すまで時間がかかり、ろれつが回らなくてお客様や上司から怒られ、気持ちがへこんでいきます。

それから、私はライフワークとして舞台に立っているのですが、今の身体の事情を伝え、1月公演は辞退したいと申し出ました。でも、主催者側からは、「ろれつが回らなくてグダグダになってもあなたに出て欲しい」と言われました。

私はもうどうしていいのかわからずお手上げ状態です。ホーリースピリットに「私は何も分かりません。この身体を、この状況を使って、私に何を気付かせようとしているのか、私に分かるように教えて下さい。この身体を平和、愛の為に使って下さい。すべて委ねます。」と、何回も何回も繰り返しゆるしをしました。でも、なかなか状態は良くなりません。

仕事も芝居も、もう出来なくなるかもしれない! という不安に押しつぶされそうになる心をストップさせて、自分の心を丁寧に観察してみました。すると、「ゆるしをしていたら痛みがなくなるかも」、「ゆるしをしていれば普通に喋れるようになるかも」と身体の変化を期待していることに気付きました。

「私は自分の身体に結果を見ようとしている」、「私はまだこんなにも怖がっていたんだ」というエゴの思いを認め、受け入れ、そして手放せるようにホーリースピリットにお願いをしました。

そんなある日、「はっ」する出来事がありました。

体調的なこともあり、話すのもおっくうで会話も殆どなくなっていた娘が、私を見て笑いかけたのです。そのとき、私には、娘を通してホーリースピリットが「例え、言葉はなくても心は通じるんだよ!」と微笑みかけてくれた!と思え、心が熱くなりました。何とも言えない感覚でした。「コースにめぐりあえて本当に良かった!」心からそう思えた瞬間でした。

そして、先日、柴田さんから「シェアメールを書いてみませんか?」という提案に、これは私の為に言ってもらったのだと思え、素直に書くことで、さらに心が整理されてきています。

継続してきた日々のレッスンは、本当に心が暖かく穏やかになります。

「私の心の平和、穏やかさを、周りの方たちに、また舞台を見に来てくれる方たちに放射したい!」という新たな決意が湧いてきています。

私は毎日のシェアメールでどれほど勇気づけられたか分かりません。

私は一人ではない!仲間に愛を貰い支えられているんだといつも感謝しています。毎日、バスの中で、会社で、稽古場で、いろんな人たちにハローを送っています。まだまだエゴに振りまわされながらだけれど、いつもホーリースピリットと一緒にいたいです。そして、ホーリースピリット、ありがとう! また、共に学んでいる皆さん本当にありがとうございます。

これからも宜しくお願いします。(えりこさん)

 

2017年を振り返って》やすこさん
今年を振り返ると、コースの言っていることは、頭ではわかるのですが、「目の前の世界は存在しない」ということが、私にはやはりまだ信じられず、「目の前の困ったことをどうにかして欲しい!」と、思っている私が、まだいます。そういうエゴの心をもちながら、かたやホーリースピリットに何度も救いを求めていました。恐れの中で愛を求めていたのです。愛と恐れ、このふたつを同時に持つことはできないと学んでいるのに、です。
今、目の前に起きていることは、「私の心の投影」であって、その投影を作り出しているのは「個の私の思い」です。そして「その投影されたものを見ている私がいる」、つまり投影が知覚を作り出している、ということ。
頭で捉えることはできても、その「知覚している世界は存在しない」ということを認めることが、コースを学ぶために必要な「初期設定」だということも、すぐに忘れてしまいます。
奇跡のコースの学びは、日常での実践、そして経験を通してしか受け取れないのだなと痛感しています。そのためにもたくさんのエゴの心を弾き飛ばさないで、直視し、丁寧にゆるしをやっていきたいと思っています。

2018年は、「このような世の中が存在していたのではなかったのだ」そのことを、「先ずは受け入れる」という初期設定を思い出す機会がもっと増えるんじゃないかなと、思っています。それから今年はゆるしのプロセスが、自分なりに段階的な映像としてイメージできたことが大きかったです。
例えば、自分の中に湧いてきたエゴの思いを掌にのせ、そのままその掌を目の前のホーリースピリットに差し出す、という風にイメージしました。
心の奥にある小さな思いの数々を怖がらずに直視し、それを素直にホーリースピリットに取り消してもらう。そんな風にゆるしの実践を繰り返しながらコースの学びが深まっていくのだろうなと思います。
そして、ゆるしの実践を通して、目の前の兄弟スピリットさんと「私はあなたね、あなたは私ね」を経験し、さらにその経験を、共に学び合う同志のみなさんと分かち合って行きたいと思っています。
2018年、「目の前のことは、私の心の投影…私の心が原因である=知覚している世界は存在しない」ことと「私は、何もわかりません」という言葉を意識して過ごしたいと思います。

新たな年に向かってワクワクしている私がいます。(やすこさん